2014年6月7日土曜日

かったるい


「かったるい」は関東の方言だった。発見!!
もともとの形は「かいなだるい」。「かいな」は腕を表す古い言い方で、大相撲中継でアナウンサーが「かいなを返す」などとしばしば使っている。かつては、「腕がくたびれてだるい」という意味であったが、次第に身体や身体の一部の疲れを表すように意味が広がった。

東京の西部から埼玉、神奈川の一部に残っているようです。
江戸時代にはすでに広まっていたようなので、土方歳三などは劇中の会話では「せっしゃ、かったるいな~」とか言わなければいけないハズなのですが、上方の武士は「おはんのいった言葉はしんどという意味か?」と聞き返され、脚本が成立しないのではないでしょうか(^^)
こんなとき、島津の西郷どんは何と云っていたのだろう。


下の写真は15年前の自分(最前列左)

2014年6月6日金曜日

「パンジー」と「三色スミレ」は別物!


お友達から『花の名前を教えて』と画像と共に質問を受けた。2つの名は答えられたのだが、残り一つの名をどうしても思い出せず、通勤途中だったので調べることもママならず、「西洋菫」と適当に答えてしまった。そこがメールやりとりの便利なところで「菫」なんてオイラ自分でも読めないのに簡単変換できてえらそうなふりしてしまいました。

 
きょうのブログのエントリーの目的は漢字の読みでなくて、「西洋菫」「西洋スミレ」にあります。オイラの世代は「三色(さんしょく、さんしき)すみれ」または、「パンジー」と教わったはずです。つまり「パンジー」の和名が「三色スミレ」と理解しているはずです。ところがなんと検索した結果は、「三色スミレ」と「パンジー」は別物だそうです。サンシキスミレはワイルドパンジーとも呼ばれ、園芸種であるパンジーの原種にあたるそうなのです。写真を見比べるとなるほど。

ああ、ややっこしい!!!

どうでもいいやと思うなかれ、昔のパンジーには「三色」の面影があったものですが最近のパンジーにはありませんよね。
 
 



 

2014年5月30日金曜日

ジューンブライド(6月の花嫁)


もうすぐジューンブライド(6月の花嫁)の季節だ。
 
先週は、『来月結婚するとジューンブライドだ。しあわせになれるぞ』といってお友達に迫りました。しかし、お友達はうわてで、『義姉から「急いで結婚すると女は損するよ」と言われた、スミマセン』だとさ(^^;   オイラはいったいどんな男に思われているのだろう。
 
元気なうちに第二の人生に関わり始めたいと思っていて、今年で退職するつもりでいます。

準備を少しずつ進めていて、思い出も整理しなければなりません。20年間乗り続けた通勤電車を回顧することも起こります。いつも同じ車両に乗り、席が空いていれば乗降口から斜め向かいにある席に座るようにしていました。いつのまにか付いてしまった習慣です。

6,7年前になりますが、途中駅から年のころ四十前後の金髪の女性が乗り込み、私の前に立つようになりました。数駅過ぎると私は下車しますので、彼女は座ることができます。それが狙いです。この関係() 1年半ほど続きました。金髪女が私の前にいつも立つので目立って仕方ありませんでした。女がそうした行動をとるのかと不思議でした。フランス人でしたが、英米人だったら、雨の日なんかに、傘持ってあげましょうかとか言って無料英会話の機会があったのにぃ!!損した~~~~~っといつも思い出します。実は彼女は鼻の下を伸ばす人物でないことを見抜いていたから、欧米人がアジア人を識別するのはたいへんです、覚えたオイラを目当てにしていつも立ったのではないでしょうか。。そうでなければ彼女の行動は危険ですし、解けないはてなのひとつです。

2年前に始まり、今春に終わったエピソードです。
オイラは最寄り駅でいつも決まったところで電車を待っています。プラットホームをエレベーターシャフトが上下に貫通していて、そのエレベーターシャフトの壁に背を持たせる格好で新聞を読みながら電車を待ちます。狭いですが、電車は必ず停まるホームなので危険はありません。2年前、女子高生がオイラの隣りに立って電車を待つようになりました。彼女にとってもお気に入りな場所なのでしょう。美人で、大人になったら女子アナになれるくらいのきりょうの良さがにじんでいます。問題なのは、あまりにもオイラにくっついて並ぶことです。かばんとぬいぐるみのついたシースルーのケースを手に抱えていて、副読本がいつも数冊と携帯なども入っていて私の横に来るとかばんを足ではさんで、携帯をケースから取り出したり、スカートをなおしたりするのですが、腕や腰がオイラにぶつかるほどの近さなのです。彼女は2年間そんな行動を続けました。もっと離れろとも言えず、彼女のとった行動がいまでも良くわかりません。安全オジサンに映ったのでしょうか。コンチクショウ。今年の春に最後に彼女を見かけましたが、大学に合格したようでおめでとうとこころで伝えました。

 
 

2013年5月4日土曜日

サクラの塩漬け (4)





塩漬けされたサクラを浮かべ、あ~~~ シアワセ!!

メールしようと思っていたら、週末の予定なるメールが
お友達の方から先に来てしまった。
今日は新宿にライブ聴きにゆくそうなのだ。
オイラはオンチだから誘われない。
写真のギターは貧乏学生のころ買ったもの。どういうわけか
いまでも持っている。

2013年4月14日日曜日

音を失った作曲家






佐村河内 守

さむらごうち まもる

彼の足跡は、心の病を患ったぼくの恋人とダブります。彼がこれからも生きてゆけるかどうかわかりませんが、聴覚を失った彼が書きあげた『交響曲第1番』。万感胸にせまって泣けました。とてもすばらしい曲です、不安な旋律とかすかな希望。 ぜひたくさんの人が聴いて欲しいです。


Dear All Who Love Music;
Please listen to the symphony above.


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2013年3月20日水曜日

花見 2013





   横浜の桜はもうすでに五分咲きのものもあって、花見頃は今週末なのですかね!?


2013年3月17日日曜日

桜開花 2013.3.16






関東地方でも桜が開花した。久しぶりに明るい春になりそうだ。ぼくは安倍首相の政策を応援しています。成長の矢を高く遠くへ飛ばせば滞空時間は長くなり 大きな結果が期待できます。焦らず見守りたい(Yomiuri Shinbun)。 安倍首相は岸信介にさかのぼる正統右派であり、左翼の人々にとって耐えがたい政治が56年続く事になるのでしょう。

大陸中国は、清朝(Qing dynasty)時代にアヘン戦争などで列強に蹂躙され、遅れてきた帝国日本にまで広い地域を支配されてしまいました。民族的屈辱は熾烈で 中華をもういちど復活させたいという願望で盛り上がっています。ついに琉球列島も自分達のものだと言いだしました。 この膨張主義に左派右派や霞が関などはどう対抗するのでしょうか。正しい構図を報道しなかった左よりのメディアの罪も重いと思います。原発反対も大切な民意であり 未曾有の試練を乗り切る力がこの国に残っているでしょうか。

こんどこそ農業を強くしなければいけないと思います。それは出来ます。日本の国土は黒々としており、耕作放棄地が数年で林に戻ってしまうほど土の活力は旺盛です。私達の父や母が築いた繁栄に安住するだけの精神が問われています。進取の精神が失われればあっという間に国は衰えます。ウソではありません、わずか60年前の庶民は病気になったときだけ玉子や林檎が食べられました。魚肉ソーセージが発明されたのもこのころです。サクラは実がならないから関心を持たなかったという人がいることにさすがに驚きましたが、この国はほんとうに貧しかったのだと思います。桑を植えカイコを買い絹を輸出することで山間の農家の家計は支えられました。日本中あちらこちらで真っ黒になりながら石炭が掘られていました。時の流れでそれぞれ消えましたが、私達は『時よ待て』とは言えないのです。昨日(2013.3.16)安倍首相はTPPに参加の意向を発表しましたが、彼は農業を守るでしょう。農業を強くするでしょう。

技師(エンジニア)は政治にとことんうとい。人の欲望を調整することに興味がまったくないからだ。ぼくも技術屋なのでその心情がわからぬでもないが、それではもういけない。
経営者は売り上げが落ちる事を恐れる。利権をあげることに汲々とするが、政治に加担することはない。ロシアや中国のような発展国家では政商と呼ばれる人々が活躍しているが、この国では政治に加担して利権を独占する素地はほとんどなくなったのでしょう。国家ヴィジョンを共有してゆく経営者がこれからは伸びてゆくのでしょう。

試練を経てきた日本近代史のなかで特筆すべきは、坪内逍遥であれ、岡倉天心であれ、滝廉太郎であれ、鈴木梅太郎であれ、長岡半太郎であれ、傑出した人物を輩出してきたことです。日本近代史がいかにすさまじく疾風怒濤のごとくであったか正しく押さえておくことがこれからの羅針盤となるのでしょう。東アジアを解放したのは日本なのです。



春は未明、久しぶりにギターを弾いてみますか。そうは言ってもぼくはアルハンブラの思い出の最初の旋律しか弾けないのですけどね(^^;